とある針灸師の実情

針灸師・稻垣順也が、終わりのない自己紹介を続けていくブログです。

龍角散の使い方

 

時代の流れと共に起こったもろもろの進歩により、現在は、伝統医学の恩恵を安価かつ手軽に享受できる時代なのである。

例えば、龍角散*1

添加物を無視すれば、この製品に最も多く含まれているのは「キキョウ(桔梗)」という植物の根であり、それは少なくとも二千年近くは人類に薬品として愛用されてきた代物である。

しかし、製品としての手に入れやすさや、人類との関わりの長さに反して、現在、桔梗の使い方を心得ている人は随分と少ないのではないだろうか。

龍角散の製品紹介の所には、「効能・効果」として「せき、たん、のどの炎症による声がれ・のどのあれ・のどの不快感・のどの痛み・のどのはれ」とある。

だが、どうだろう、それらの改善を期待して龍角散を服用してみたものの、あまり効果を実感できなかった人は居ないだろうか。

実は、それらの症状に桔梗を効かせるためには一つの条件が有ると、1785年に指摘した日本人が居た。

ここではその条件を紹介したい。 

 

まず、龍角散に使われている「生薬」は、製品紹介の「成分・分量」を見ると、「桔梗」と「カンゾウ(甘草)」が中心だと分かる。

そして、いわゆる漢方薬には、この二つの生薬だけで構成された「桔梗湯」という処方が在る。

で、この桔梗湯に関しては、以前の記事でも紹介した『傷寒雑病論』という本が、以下のように言っている。

咽痛者、可与甘草湯。不差、与桔梗湯。

「甘草湯が効かないノドの痛みには桔梗湯を与えなさい」という意味である。

龍角散の「効能・効果」は「せき、たん、のどの炎症による声がれ・のどのあれ・のどの不快感・のどの痛み・のどのはれ」だったので、目新しい記述は見られない。

一方で、次のような文言も在る。

咳而胸満、振寒、脈数、咽乾不渇、時出濁唾生臭、久久吐膿如米粥者、為肺癰、桔梗湯主之。

「セキをして胸が詰まり、寒気がして震え、脈拍が速く、ノドが乾くが水分は欲さず、時々濁った生臭い唾を出し、長らく米がゆのようなウミを吐いている者には桔梗湯がピッタリだ」という意味である。

実は、この「濁った生臭い唾」や「米がゆのようなウミ」を口から出している者の「せき、たん、のどの炎症による声がれ・のどのあれ・のどの不快感・のどの痛み・のどのはれ」にこそ、龍角散も本領を発揮するはずなのである。

「濁った生臭い唾」については、「生臭い」とあるので、その唾の濁りは緑色を呈する程かも知れない。

「米がゆのようなウミ」については、西暦200年頃の表現なので、玄米を使った黄色み掛かったおかゆに例えているだろう。

まとめると、桔梗湯や龍角散の主役である桔梗は、緑色や黄色に濁った粘液を吐き出す者のノドの不調に対して使われてきた、ということである。

 

5年ほど前の正月、まだまだ自分の針灸術が拙かった頃、激しい悪寒の後で、高熱と共に緑色の鼻水を出すようになってしまった。

そこで、桔梗を試してみたところ、とにかく鼻水の色だけはたちまち透明になり、自分の経験上では考えられない程の即効性に驚いたものである。

鍼灸師は、生薬の力のすごさを一度は体感しておくのが良いと思う。

生薬は、ある程度は効果が安定した物であるから、自分の施術効果の比較対象とすることで、健全な向上心を持てる。

また、自分の鍼灸で患者さんを完全に満足させられないことが有っても、幾つかの生薬の分までは仕事は出来たと自分が見極められれば、過剰な落ち込みを防ぐことも出来るだろう。


*1:ここでの「龍角散」とは、「株式会社 龍角散」が販売している「龍角散」という製品のこと。ちなみに、世間で「龍角散のノド飴」と呼ばれている物は、「株式会社 龍角散」が販売している「龍角散ののどすっきり飴」という製品のことであり、つまりは「龍角散社が製造したノド飴」なのであって、成分的には「龍角散」とはまた別物で、実は「龍角散」がノド飴化した物ではないのである。正直、今回の投稿はこれを語りたくて書いた。